活動報告

社会参加

 今年の五月から裁判員制度がスタートしました。一般市民が裁判に参加して有罪か無罪か、そして、有罪の場合は罪の程度を判断する事に参加するわけです。自分にいつその役割が来るか分かりませんが、その時は、その責任を誰もが果たさねばなりませんし、社会を構成する一員として、その務めは果たすしかありません。心しておきましょう。さて、どうなります事やら。

日本では、これまで市民が裁判に参加する事自体に、そんなになじみが有りませんから、結構、自分に要請がきたら「どないしょう」との思いも少なくないようですが、G8などの主要八カ国の事情を見てみますと、アメリカ、イギリス、カナダ、ロシアは陪審制度を敷いていて、量刑判断はしませんが、市民が裁判官から独立して事実を判断し、有罪か無罪かを決定しているようです。ドイツ、フランス、イタリアは参審制度と言うのを敷いていて、市民が裁判官と合議で裁判を行い、有罪か無罪かや、量刑の程度も判断していて、日本の裁判員制度のような形が既に実施されているようです。

こうして眺めれば、欧米では市民の裁判参加は参政権みたいな感覚で近代社会の一員としては、それが当たり前として定着しているようです。この制度、日本では始まったばかりですが、今、参政権を得られた若い皆さんが社会を構成する中心になるころには、きっと立派に定着している事でしょう。

こうした諸制度は、これからの社会をどうして行くのか、自分がどう生きて行くのかなど大いに考えさせられますし、すごく大切なことだと私は思うんですが、如何ですか。












ぜひ、ご意見・ご感想をお聞かせ下さい。

町会議員 芝 和也