活動報告

シーハイル!

年が明けて二週目に入りましたね。年末以来の結構な冷え込みが続いていますが、お変わり有りませんか。どうぞ、温かくしてお過ごしください。
 ここのところ、毎年のお正月は穏やかな気候で迎えていたような気がしていますから、今年のように、天気予報で言う、冬並みの気温で毎日経過していますと、その寒さが一層応えますよね。昨日夕方の天気予報で、気象予報士さんが大阪のデータでしたが、氷点下の年間平均日数を調べた結果を話されていました。それによりますと、'80年代までは13日以上を記録しているそうですが、'90年代からこっちは、一気に少なくなってこの20年間では平均3日程度になっているそうです。ですから、この数字が示しているように、ここのところ大分気温の上昇がみられますから、これに体が自然に慣れているので、今年の冷え込みは余計に厳しく感じられるのかも知れませんね。何れにしましても、暖かくして過ごすに越した事はあり有りませんので、お身体等、くれぐれもご自愛ください。
 さて、今年2011年は日本にスキーが伝わって、丁度100年目に当たる記念の年になるんですが、ご存知でしたか。スノースポーツに関心をお持ちの方や趣味になさっている方なら、その歴史としてすでにご承知の方も多い事でしょうし、各地のスキー場には、これに関連するイベントを伝えるポスター等が貼って有りますので、目にされている事でしょう。
 われわれは、スキーは雪山を滑り降りる為の道具としてと言うか、整備されたスキー場や競技コースの斜面を滑るための用具として使っていますし、スキーの活用としては、日本は後発ですから、伝わった時から滑走する用具としての側面が強かったんではないかなと私は思っていますが、元々は、雪の上を移動するための道具として発展して来たんでしょうね。
 日本は、その歴史もやっと100年と言う事ですが、ヨーロッパ等では遥かに歴史も古く、ノルウェーの洞窟には、紀元前3~5世紀頃と推定されているスキーをする人の壁画が残っていて、かなり古くから人間が活用していた道具(用具)であったと思われます。ただ、この壁画に描かれているものがスキーかどうかは良く分からないとのことで、現在の我々の認識からすれば、スキーの様の物に人が乗っているように見えるだけで、実際は全然違うものなのかも分かりません。果たしどうなんでしょうか?

この雪の上を移動するための道具としては、スキーは優れもので、スキーを脱げばたちまち胸まではまるような新雪の深雪の上でも難なく歩くと言うか移動して行けますし、シールを着ければ一般的なスキー場に普通に有るようなコースなら、よほどの急斜面かスケートリンクを傾斜させたようなアイスバーンで無い限りは、ほぼどの斜面でも直登する事が可能ですから、滑る用具としてもさることながら、雪の上を移動する道具としても侮れません。
 近年スノースポーツの主役はスキーからスノーボードに移り変わった感がありますが、スキーとの違いは、移動のための道具かどうかでしょう。長野県北西部に日本最大のスキーリゾート地として名高い、志賀高原があります。ここのスキー場の特徴は、幾つものスキー場の集合体で、しかも、それぞれをスキーを履いたまま渡って行ける事にあります。で、ここで威力を発揮するのはスキーの方でして、今も話したように移動のための道具がスキーですから、各ゲレンデをそれなりに移動して行けるんですが、ボードはそうは行きません。それは、滑る性能は優れていても移動の道具としては、全く様を為さないからでしょうね。
 話を元に戻しますが、このスキーを我が国に伝えたと言われているのが、1869年オーストリア・ハンガリー帝国プレスブルグ生まれの、レルヒ少佐で、1910年に訪日し、翌年、新潟県高田町(現・上越市)の陸軍第十三師団に赴任しました。

陸軍省を通じてレルヒ少佐がスキーの名手である事を知った師団長が、1902年に多くの犠牲者を出したあの八甲田山雪中行軍の教訓から、レルヒ少佐にスキー指導を熱心に働きかけたそうです。結果、1911年1月12日にレルヒ少佐の、「スキーを履きなさい」の掛け声とともに、日本で初めての組織的なスキー指導が行われたのだそうです。この時が日本のスキーの始まりです。
 以来、本日、2011年1月12日で丁度100年です。シー・ハイル!











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川西町議会議員
芝 和也